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大阪地方裁判所 平成6年(ワ)7797号 判決 1995年6月28日

原告

橋本百合子

右訴訟代理人弁護士

川崎敏夫

被告

山口観光株式会社

右代表者代表取締役

山口隆一

右訴訟代理人弁護士

橋本二三夫

主文

一  被告は、原告に対し、金二二五万七四六八円及びこれに対する平成七年六月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は三分して、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金三四〇万六〇九六円及びこれに対する平成七年六月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が、被告による解雇が無効であると主張して、解雇後の賃金の支払を請求する事案である。

一  争いのない事実

1  被告は、ホテル・公衆浴場の経営などを目的とする株式会社であり、原告は、平成三年一一月から、被告との間の契約(以下「本件契約」という。)に基づき、被告の経営する「豊中リゾートプラザ」(以下「本件店舗」という。)において、マッサージの業務に従事した。

2  被告は、原告の右業務に対し、平成五年六月分として金二九万六一〇〇円、同年七月分として三一万七〇二〇円、八月分として三三万五二九〇円を支払い、その平均額は、月三一万六一三六円である。なお、被告は、同年九月末日、原告に対し、同年八月二六日から同月末までの分として、七万一四〇〇円を支払った。

3  被告代表取締役山口隆一(以下「被告代表者」という)は、平成五年八月三一日、原告に対し、「明日から来なくてよい。」と述べた。

4  原告が、同年一〇月一日、被告に対し、内容証明郵便により原職復帰を求めたが、被告は、これを拒否した。

5  被告は、平成六年四月一一日、原告の被告に対する地位保全等仮処分事件の答弁書において、被告の平成五年八月三一日付け解雇が無効な場合、原告がその採用の際、提出した履歴書に虚偽の事実を記載したことを理由とする懲戒解雇の意思表示を行い、右意思表示は、同日、原告に到達した。

二  原告の主張

1  原、被告間の本件契約は、雇用契約であり、給与は、毎月二五日締め月末払の約定であった。

2  原告は、平成五年八月三一日、被告担当者に対し、電話で、「連日のマッサージ勤務により疲労困憊したので、翌日(同年九月一日)から二、三日休みたい。」旨連絡して、有給休暇を請求したところ、被告代表者が、電話で「もう辞めてくれ。明日から来なくてよい。」と解雇する旨の意思表示(以下「本件解雇」という。)をした。

3  本件解雇は、懲戒解雇であるところ、被(ママ)告には、懲戒解雇事由がないので、無効である。

(一) 被告が、同年八月三一日に原告に対して出勤を命じた事実はなく、原告が、同日、翌日から二、三日の休暇を申し出たのに対し、被告代表者が一方的に解雇の意思表示をしたのであるから、原告に業務命令違反はない。

(二) 原告は、被告入社の際、被告に提出した履歴書に、その生年月日を、昭和九年生であるのに、昭和二一年生と記載したが、平成四年一二月、給与所得者の保険料控除申告書及び扶養控除申告書に実際の生年月日を記載して提出しており、被告は、遅くとも同年一二月中には、原告の正しい生年月日を知り、これを了解していたものと認められる。

また、被告は、募集の際、年齢を採用要件にしていなかった上、原告の担当するマッサージは、学歴年齢により組み立てられる企業秩序が支配する分野ではなく、年齢よりも本人の技術的能力の有無が重要であるので、年齢について誤った申告をしても、労働者の労働能力の評価を誤らせ、業務遂行に支障を与えたということはできないのであるから、原告の右行為は、懲戒解雇事由には当たらない。

(三) 原告は、被告主張の日に欠勤したことがあるが、いずれも、被告の担当者に事前に連絡し、了解を得たものであり、無断欠勤ではない。

4(一)  右解雇が懲戒解雇でないとしても、就業規則所定の解雇事由である「身体又は精神の障害により業務に耐えられない場合」、「従業員が老衰その他の事由により能率が著しく低下した場合」「従業員の就業状態が著しく不良で就業に適しない場合」(三九条一ないし三号)に当たらないので、右解雇は無効である。

(二)  仮に、本件解雇について、解雇事由が存在すると仮定しても、本件解雇は、原告が権利である有給休暇請求権を行使したことを理由としてされたものであるので、客観的合理的理由を欠き、社会通念上相当として是認することができないので、解雇権の濫用として無効である。

(三)  被告の平成六年四月一一日付け予備的解雇についても、原告に懲戒解雇事由がないことは、前記のとおりである。

5  以上によれば、原告は、被告に対し、本件解雇後も本件契約に基づき毎月末を弁済期とする賃金債権を有するところ、その額は、平成五年六月分から八月分までの三か月分の給与平均額である月金三一万六一三六円を下回ることはない。

よって、原告は、被告に対し、本件契約に基づく賃金として、平成五年九月分としてその請求額である二四万四七三六円、同年一〇月から平成六年七月まで三一六万一三六〇円の計三四〇万六〇九六円及びこれに対する弁済期後である平成七年六月三日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を請求する。

三  被告の主張

1  原、被告間の本件契約は、雇用契約ではなく、右契約は、解除された。

(一) 原告は、被告との間において、被告が経営する本件店舗に予め定められた稼働時間に出勤した上、来店する客の要請に応じて、マッサージを行い、客一人につき二一〇〇円(四五分コース)又は一四〇〇円の報酬を受け取る約定で本件契約を締結した。

(二) 原告は、平成五年八月三一日、被告に対し、夫を通じて、同年九月一日以降の来店を拒否したため、被告代表者が、「もう明日から、来なくてよい。」と述べたところ、原告は、九月中旬には本件店舗から私物を引き上げ、同業者との間で同種の契約をするなどして、本件契約を解除した。

(三) 仮に、被告が本件契約を解除したとしても、原告が予め契約の履行を拒否したのであるから、右解除は有効である。

2  本件契約が雇用契約であるとすると、本件解雇は、懲戒解雇であり、原告の行為が、懲戒解雇事由に該当するので、本件解雇は、有効であり、原、被告間の雇用契約は、同年八月三一日限り終了した。

(一) 被告代表者が、同日、原告に対し、同日に出勤するよう命じたにもかかわらず、原告は、右出勤を拒否しており、原告の右行為は、就業規則所定の懲戒解雇事由である業務上の指揮命令に違反する行為に当たる。

(二) 原告は、本件契約を締結する際、被告に対し、虚偽の生年月日を記載した履歴書を提出したが、右行為は、就業規則所定の懲戒解雇事由である「重要な経歴をいつわり、その他不正な手段により入社したとき」に当たる。

(三) 原告は、しばしば、無断欠勤をした上、平成五年八月三一日の出勤命令を拒否して、さらに欠勤を申し出たのであるから、右行為は、就業規則所定の懲戒事由である「正当な理由なく、しばしば無断欠勤し、業務に不熱心であるとき」に該当する。

3  仮に、本件解雇について、就業規則所定の懲戒解雇事由がないと仮定しても、本件解雇の意思表示には、普通解雇の意思表示も含まれる。そして、原告について、老齢と体力不足から、客からマッサージの力が弱いなと(ママ)苦情が頻繁に出されていたのであるから、就業規則所定の解雇事由である「身体または精神の障害により、業務に耐えられないと認められる場合」、「老衰その他の事由により能率が著しく低下した場合」、「就業状況が著しく不良で就業に適しないと認められる場合」(三九条一ないし三号)に該当するので、右解雇の意思表示は有効であり、原、被告間の雇用契約は、同年九月三〇日限り終了した。

4(一)  仮に、本件解雇が無効であると仮定しても、被告は、平成六年四月一一日、原告がその採用の際、提出した履歴書に虚偽の事実を記載したことを理由とする懲戒解雇の意思表示を行った。

(二)  仮に、原告の右行為が、懲戒解雇事由に当たらないと仮定しても、右解雇の意思表示には、普通解雇の意思表示が含まれ、普通解雇としては有効であるので、原、被告間の雇用契約は、同年五月一一日限り終了した。

四  主たる争点

1  本件契約が雇用契約か否か

2  本件解雇の意思表示の有無

3  本件解雇の解雇事由の有無

4  予備的解雇の効力

五  証拠

記録中の書証目録、証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

第三争点に対する判断

一  本件契約が雇用契約か否か

1  当事者間に争いのない(証拠略)によれば、本件契約は、原告が、被告の経営する本件店舗に出勤し、来店する客に対し、マッサージを行い、被告が原告に対し、客一人につき二一〇〇円(四五分コース)又は一四〇〇円の歩合給を、毎月二五日締め当月末日払の約定で支払う旨の雇用契約であったことが認められる。

2  被告は、本件契約が雇用契約でない旨主張し、被告代表者本人尋問の結果中には、これに沿うかのような供述部分もあるが、原告に交付された本件契約の契約書(<証拠略>)は、雇用契約書という表題の下に原告の就労条件が記載されていること、被告は、本件契約期間中、原告に毎月交付する金員について、給与明細書を作成して、原告に交付した上、右給付額から所得税の源泉徴収(<証拠略>)、社会保険、雇用保険(<証拠略>)の控除をしたこと、被告の従業員を対象とする就業規則(<証拠略>)が原告にも適用されたこと、被告は、原告の出勤退勤をタイムカードで管理していたこと(<証拠略>)及び1判示の証拠に対比すると、右供述をもって右認定を覆すに足りず、ほかにこれを左右するに足りる証拠はない。

3  したがって、本件契約が雇用契約でないことを前提とする被告の右契約解除の主張は、採用できない。

二  本件解雇の意思表示の有無

1  当事者間に争いのない事実、(証拠・人証略)によれば、原告は、平成五年八月三一日、被告担当者に対し、電話で、「連日のマッサージ勤務により疲労困憊したので、翌日(同年九月一日)から二日間休みたい。」旨申し出て休暇を請求したところ、被告代表者が、電話で「こっちは、ローテーションを組んでやっている。勝手に休まれたのでは、仕事にならない。お前みたいな者は、もう必要がないので辞めてくれ。明日から来なくてよい。」と述べて、原告を解雇する旨の本件解雇の意思表示をしたことが認められる。

2(一)  被告は、被告代表者が、原告に対し、「辞めてくれ。」など解雇の意思表示をしたことはない、原告の側で本件契約を解除したものである旨主張し、被告代表者本人尋問の結果中には、これに沿う供述部分があり、(証拠・人証略)によれば、被(ママ)告が平成五年九月一一日、被告から私物を引き取ったこと、その後、同月一九日、二三日、二五日、友人の紹介で別のマッサージ業者の下で四日間稼働したが、手首を負傷し、その後、原告訴訟代理人である川崎敏夫弁護士に委任したことが認められる。

(二)  しかし、原告は、同年八月三一日の約一か月後である同年一〇月一日には、同弁護士に委任して、被告に対し、就労を求める内容証明郵便を送付し(<証拠略>)、その後、仮処分申請、本件訴訟の提起をしたこと、原告の私物の引取りは、盗難紛失を避けるため、私物を引き取ったものと推認されること、原告が別のマッサージ業者の下で稼働したことも、生活のための一時的なアルバイトであるとみる余地が多分にあること及び1判示の証拠に照らすと、(一)判示の供述は採用することができず、(一)判示の事実は、これをもって右認定を覆すには足りず、ほかにこれを左右するに足りる証拠はない。

したがって、被告の右主張は、採用できない。

3  被告は、原告が雇用契約上の債務の履行を拒否したので、原(ママ)告の本件契約解除が有効である旨主張するようであるが、2(二)判示の事実、とりわけ、原告が、本件解雇の意思表示の約一か月後である同年一〇月一日、原告訴訟代理人の弁護士に委任して、被告に対し、就労を求める内容証明郵便を送付したこと(<証拠略>)及び1判示の証拠に対比すると、本件全証拠によっても、被告の右主張事実を認めるに足りず、被告の右主張は、その余の点を判断するまでもなく、採用できない。

三  解雇事由の有無

1  前判示の事実及び証拠に照らせば、以下の事実が認められる。

(一) 原告は、平成三年一一月、被告との間において、原告が、被告の経営する本件店舗に出勤し、来店する客に対し、マッサージを行い、被告が、原告に対し、客一人につき二一〇〇円(四五分コース)又は一四〇〇円の歩合給を毎月二五日締め、当月末日払の約定で支払う旨の雇用契約を締結したところ、右契約締結に際し、生年月日が、昭和九年七月二五日であるにもかかわらず(五七歳三月)、生年月日を昭和二一年七月二五日(四五歳三月)と記載した履歴書(<証拠略>)を被告に提出した。なお、原告は、マッサージ業務に従事した経験があり、昭和五七年には、日本サウナ協会の定める普通科の学科及び技術の全課程を終了していた(<証拠略>)。

(二) 原告は、マッサージ業務による疲労の蓄積のため、就業規則所定の休日以外に、平成四年二月、三日間、同年三月、一日間、同年四月、二日間、同年八月、三日間、同年一一月、三日間、同年一二月、一日間、平成五年一月、一日間、同年三月、二日間、欠勤したほか、同年一月九日から二月五日まで、歯の治療のため欠勤した。被告は、原告に対し、右各欠勤日について、賃金を支払っておらず、これを年次有給休暇としては取り扱わなかった。

(三) 原告は、就業規則所定の休日であった平成五年八月三一日、出勤せずに休養していたが、連日のマッサージ勤務により疲労が蓄積し、体調がすぐれず、同日一日間の休養のみでは疲労状態が解消しなかったため、同日午後七時ころ、夫を代理人として、まず、被告担当者に対し、次いで、被告代表者に対し、電話で、「原告が、連日のマッサージ勤務により疲労困憊したので、翌日(同年九月一日)から二日間休みたい。」旨申し出て、休暇を申請した。しかし、被告代表者は、原告が、夫を代わりに電話に出して、自分で電話に出ないなどの応接態度や、原告が休暇を請求したこと自体に憤慨し、原告のこのような行為が解雇の正当理由に当たると考え、電話で「こっちは、ローテーションを組んでやっている。勝手に休まれたのでは、仕事にならない。お前みたいな者はもう必要がないので辞めてくれ。明日から来なくてよい。」と述べて、原告を解雇する旨の本件解雇の意思表示をした。

(四) 原告が、同年一〇月一日、原告訴訟代理人である川崎敏夫弁護士に依頼して、被告に対し、解雇予告も解雇予告手当の支払もなしにされた本件解雇は、無効であり、原告の就労を求める旨の内容証明郵便を送付したところ(<証拠略>)、被告代表者は、同弁護士に対し、原告が従前も仕事の多く入った日には必ず翌日から数日間休業しており、このような勤務態度では、被告の業務に支障を来すため、何度となく注意しており、今後は決してこのようなことをしないという約束の上勤務させていたが、今回同様の行為に及んだため、原告が、約束を破り、職場を放棄し、仕事をする意思がないことを表明したものと判断して、本件解雇をしたものであり、解雇予告手当の支払や原職復帰を受け入れる意思は全くない旨を記載した回答書を送付した(<証拠略>)。

(五) 被告の就業規則(<証拠略>)には、以下の規定がある。

(1) 懲戒解雇について、従業員が「重要な経歴をいつわり、その他不正な手段により入社したとき」(三七条一号)、「正当な事由なく、しばしば無断欠勤し、業務に不熱心なとき」(六号)、「業務上の指揮命令に違反したとき」(一一号)は、制裁を行う、制裁は、その情状により、訓戒、減給、出勤停止、懲戒解雇を行う(三八条)、懲戒解雇は、予告期間を設けることなく、即時解雇し、この場合、所轄労働基準監督署長の認定を受けたときは、予告手当(平均賃金の三〇日分)を支給しない(同条四号)旨各定める。

(2) 普通解雇について、従業員が「身体または精神の障害により、業務に耐えられないと認められる場合」(三九条一号)、「老衰その他の事由により能率が著しく低下した場合」(二号)、「就業状況が著しく不良で就業に適しないと認められる場合」(三号)は、従業員を解雇することがある(同条)、右解雇は、原則として三〇日前に予告し、又は平均賃金の三〇日分に相当する予告手当を支給して行い、予告の日数は、平均賃金を支払った日数だけ短縮することがある(四〇条)旨定める。

(3) 休日休暇について、従業員に対し、毎週一日又は四週四日の休日を交代で与える(一二条)、業務の都合上やむを得ない場合には、被告は、就業規則所定の休日を一週間以内の他の日と振り替えることができる(一三条一項)、右振替えは、前日までに振替えによる休日を指定して従業員に通知する(同条二項)、業務上必要がある場合は、休日労働協定の範囲内で休日労働を命ずることができる(一四条)、一年間の出勤日の八割以上出勤した者に対し、勤務年数に応じた日数の有給休暇を与えることとし、勤続年数一年の従業員に対しても、一〇日の年次有給休暇を与え、年次有給休暇により休業した期間については、通常の賃金を支払う(二二条)旨定める。

また、被告は、被告の従業員の過半数を代表する者との間で、時間外労働と休日労働に関する協定を提出して、労働基準監督署長に届け出ている(<証拠略>)。

(4) 従業員の定年について、定年を六〇歳とし、定年に達した月の月末をもって自然退職とする旨定める(二八条)。

2(一)  被告は、本件解雇が懲戒解雇であり、被告代表者が、平成五年八月三一日、原告に対し、同日に出勤するよう命じたにもかかわらず、原告は、右出勤を拒否しており、原告の右行為が、就業規則所定の懲戒解雇事由である業務上の指揮命令に違反する行為に当たるので、本件解雇が有効である旨主張する。

そして、被告代表者本人尋問の結果及び被告代表者作成の陳述書(<証拠略>)中には、右主張に沿う供述部分及び記載があり、原告が、同日、出勤しなかったこと、原告が、被告代表者に対し、翌九月一日から二日間休みたい旨申し出たこと、被告の就業規則は、従業員が「業務上の指揮命令に違反したとき」(三七条一一号)は、制裁を行うことができ、その制裁として、その情状により、訓戒、減給、出勤停止、懲戒解雇を行う(三八条)旨定めることは前判示のとおりである。

(二)  しかし、同年八月三一日が就業規則所定の休日であったことは、前判示のとおりであるところ、被告代表者の平成六年四月二二日作成の陳述書(<証拠略>)には、同日、原告の夫から電話があり、三日ほど休ませて欲しいとの話があり、原告を出すよう求めたが、原告が電話にも出なかったので、原告に仕事をする気も体力もないと考え、「明日から来なくてよい」と言った旨の記載があり、被告代表者が原告に対し同日の出勤を命じた旨の記載がないこと及び(証拠・人証略)に照らすと、(一)の供述及び(証拠略)の記載は採用することができず、(一)の事実をもって、被告代表者が、原告に対し、同日の出勤を命じたことを認めるに足りず、ほかにこれを認めるに足りる証拠はない。

(三)  のみならず、仮に、被告主張のとおり、被告代表者が、同日、原告に対し、同日出勤するように命じ、原告がこれに応じなかったとしても、同日が就業規則所定の休日であり、原告が同日休むことは、従来から、原、被告とも予定していたこと、被告の就業規則は、業務の都合上やむを得ない場合には、被告は、就業規則所定の休日を一週間以内の他の日と振り替えることができる旨定めているが(一三条一項)、右振替えは、前日までに振替えによる休日を指定して従業員に通知すべき旨を定めていることなどの点に照らすと、原告が同日右命令に応じて出勤しなかったとしても、これが、就業規則所定の懲戒事由である「業務上の指揮命令に違反したとき」に当たると解することはできず、仮に原告の行為が右懲戒事由に当たると仮定しても、右判示の点に、原告が、同日、勤務による疲労が蓄積して休養を取っており、翌日から二日間の休暇を申し出るような身体状態にあったことなどの点を考え併せると、その情状が、決して重いものではなく、これを理由に懲戒解雇をすることが許されないことは、明らかである。

(四)  したがって、被告の右主張は、その余の点を判断するまでもなく理由がない。

3(一)  被告は、本件解雇が懲戒解雇であり、原告が、本件契約を締結する際、被告に対し、虚偽の生年月日を記載した履歴書を提出したことが、就業規則所定の懲戒解雇事由である「重要な経歴をいつわり、その他不正な手段により入社したとき」に当たる旨主張し、原告が右契約締結に際し、生年月日が、昭和九年七月二五日(五七歳三月)であるにもかかわらず、生年月日を昭和二一年七月二五日(四五歳三月)と記載した履歴書(<証拠略>)を被告に提出したこと、被告の就業規則は、従業員が「重要な経歴をいつわり、その他不正な手段により入社したとき」(三七条一号)は、制裁を行う、制裁は、その情状により、訓戒、減給、出勤停止、懲戒解雇を行う(三八条)旨定めることは前判示のとおりである。

(二)  しかし、懲戒解雇は、使用者が、労働者に就業規則所定の企業秩序に違反する非違行為があったことを理由として、当該労働者に対し、一種の制裁罰を課する性質を有するものであり、その効力は、使用者が懲戒解雇の理由とした労働者の当該行為について判断されるべきである。

したがって、原告について、被告が本件懲戒解雇の理由としなかった非違行為があったとしても、これを理由に本件懲戒解雇の正当性を基礎づけることは許されないし、また、仮に、懲戒解雇当時、被告が認識していなかった別の非違行為があったとしても、右行為の存在を理由に懲戒解雇の正当性を基礎づけることは許されないものと解すべきである。

そして、前記認定の事実によれば、本件解雇の意思表示が、経歴詐称を理由としてされたものでないことは明らかであり、被告が、原告作成の右履歴書の生年月日の記載が事実に反することを知ったのは、本件解雇後であることは被告も自認するところであるので、その余の点を判断するまでもなく、被告の右主張は採用できない。

(三)  もっとも、被告は、本件解雇が、経歴詐称を理由とする懲戒解雇としては無効であるとしても、これを理由とする普通解雇としては、有効である旨も主張するようであり、本件解雇後に判明した原告の右行為が、就業規則所定の懲戒解雇事由に当たると解すべきことは、後に判示するとおりである。

普通解雇は、懲戒解雇と異なり、労働契約における解約権の行使であることからすると、解雇当時、使用者が認識していなかった事由であっても、客観的に存在していた事由は、その解雇事由たり得るものと解する余地がないではない。そして、就業規則所定の懲戒解雇事由が存在する場合において、使用者が、右事由が普通解雇事由にも当たるものとして、懲戒解雇でなく、普通解雇を行うことも許されるのであるから、本件解雇の意思表示に、普通解雇の意思表示も含まれているものとすれば、右意思表示について、普通解雇事由が客観的に存在していたものと解する余地があることになる。

しかし、普通解雇について、解雇事由が存在する場合であっても、その解雇権の行使が、当該具体的事情の下において、解雇に処することが著しく合理性を欠き、社会通念上相当として是認することができないときは、解雇権の濫用として許されないものというべきである。

そして、前判示の事実によれば、原告は、連日のマッサージ勤務により疲労が蓄積し、体調がすぐれず、就業規則所定の休日である同年八月三一日の休養のみでは疲労状態が解消しなかったため、被告に対し、翌日以降二日間の休暇を請求したものであり、就業規則によれば、原告が、少なくとも年一〇日間の年次有給休暇を請求する権利を有していたこと及び前判示の証拠によれば、右請求が、年次有給休暇を請求するものと解することも可能であり、また、夫を代わりに電話に出して自分で電話に出ないなどの原告の応接態度も、解雇の客観的に合理的な理由となり得ないことが明らかな行為であったにもかかわらず(被告も、原告の右応接態度が解雇の正当事由に当たるとは主張していない。)、被告代表者は、原告の右請求及び応接態度に憤慨し、原告のこのような行為が解雇の正当理由に当たると考え、右請求を年次有給休暇の請求として取扱って、時季変更権を行使するなどの措置を採ることなく、直ちに本件解雇を申し渡したことが認められる。

右認定事実によれば、本件解雇は、被告代表者が、原告による権利行使と解することが可能な行為や、解雇の客観的に合理的な理由となり得ないことが明らかな行為に憤慨し、これが解雇事由に当たるものと考えて、行ったものであり、右解雇権の行使は、法の是認し得ない使用者の意図に基づき、法の是認し得ない事由を解雇の理由としてされたものといわざるを得ず、後日、解雇当時に前記のような解雇事由が客観的に存在していたことが判明したとしても、右解雇は、普通解雇の解雇権の行使としても、著しく合理性を欠き、社会通念上相当として是認することができないものというべきである。

したがって、右解雇権の行使は、普通解雇としても、解雇権の濫用としてその効力を有しないものというべきであり、被告の右主張は採用できない。

4(一)  被告は、本件解雇は、懲戒解雇であり、原告が、しばしば、無断欠勤をした上、八月三一日の出勤命令を拒否して、さらに欠勤を申し出たのであるから、右行為は、就業規則所定の懲戒事由である「正当な理由なく、しばしば無断欠勤し、業務に不熱心であるとき」に該当するので、本件解雇が有効である旨主張する。

そして、被告代表者本人尋問の結果中には、原告がしばしば無断欠勤をした旨の供述があり、(証拠略)中にも、同旨の記載があり、被告が1(二)判示の日数欠勤をしたこと、被告の就業規則が、「正当な事由なく、しばしば無断欠勤し、業務に不熱心なとき」は、制裁を行う、制裁は、その情状により、訓戒、減給、出勤停止、懲戒解雇を行う旨定めていることは、前判示のとおりである。

(二)  しかし、被告が、原告の右欠勤について、従来、懲戒処分を課するなど、これを問題にした形跡がないこと、被告代表者も、原告の平成五年一月九日から二月五日までの欠勤について、後日歯科医の診断書が提出されたことを自認すること(<証拠略>)、(証拠・人証略)を総合すると、(一)判示の欠勤については、原告はいずれも上司の了承を得たことが認められ、右判示の証拠及び事実に照らすと、(一)の供述及び(証拠略)の記載はこれを採用することができず、ほかに右認定を覆すに足りる証拠はない。

そして、原告が同年八月三一日の出勤命令に従わなかったという被告の主張事実を認めるに足りないことは、前判示のとおりであるので、原告について、就業規則所定の懲戒事由である「正当な理由なく、しばしば無断欠勤し、業務に不熱心である」という事実は認めるに足りない。

(三)  したがって、被告の右主張も採用できない。

5(一)  次に、被告は、本件解雇について、懲戒解雇事由が認められないとしても、本件解雇の意思表示は、普通解雇の意思表示を含み、原告について、老齢と体力不足から、客からマッサージの力が弱いなど苦情が頻繁に出されていたのであるから、就業規則所定の解雇事由である「身体または精神の障害により、業務に耐えられないと認められる場合」、「老衰その他の事由により能率が著しく低下した場合」、「就業状況が著しく不良で就業に適しないと認められる場合」に該当するので、右解雇の意思表示は有効である旨主張し、被告代表者本人尋問中には、原告について前記のような苦情が頻繁に出ていた旨の供述が、(証拠略)には同旨の記載があり、被告の就業規則が、普通解雇事由として、被告の主張する右事由を定めること(三八条一ないし三号)は前判示のとおりである。

(二)  しかし、被告代表者が作成した、原告の就労請求に対する回答書(<証拠略>)中には、本件解雇の理由として、被告主張の右苦情があった旨の記載がないこと、被告代表者は、本件解雇の意思表示をした際にも、右苦情について言及していないこと、(証拠・人証略)に対比すると、(一)の供述及び(証拠略)の記載をもって、原告について、老齢と体力不足から、客からマッサージの力が弱いなど苦情が頻繁に出されていたことは、認めるに足りず、ほかに、原告について、就業規則所定の普通解雇事由である「身体または精神の障害により、業務に耐えられないと認められる場合」、「老衰その他の事由により能率が著しく低下した場合」、「就業状況が著しく不良で就業に適しないと認められる場合」に該当する事由があるとは認めるに足りない。

(三)  したがって、本件解雇が普通解雇の意思表示を含むものと仮定しても、右普通解雇事由の存在が認められないのであるから、被告の右主張を採用することができない。

6  したがって、いずれにしても、本件解雇が有効である旨の被告の主張は採用できない。

四  予備的解雇の効力

1  被告が、平成六年四月一一日、原告の被告に対する地位保全等仮処分事件の答弁書において、本件解雇が無効な場合、原告がその採用の際、提出した履歴書に虚偽の事実を記載したことを理由に懲戒解雇の意思表示を行い、右意思表示が同日原告に到達したこと、原告が、本件契約締結に際し、生年月日が、昭和九年七月二五日であるにもかかわらず(五七歳三月)、生年月日を昭和二一年七月二五日(四五歳三月)と記載した履歴書(<証拠略>)を被告に提出したこと、被告の就業規則が、従業員が「重要な経歴をいつわり、その他不正な手段により入社したとき」(三七条一号)は、制裁を行う、制裁は、その情状により、訓戒、減給、出勤停止、懲戒解雇を行う(三八条)旨定めていることは、前判示のとおりである。

2  以上の事実及び被告代表者本人尋問の結果によれば、原告は、被告への入社に際し、被告が採否の判断の前提とする履歴書に虚偽の事実を記載したものであり、企業秩序の根幹をなす、使用者と従業員との間の信頼関係を著しく損なうものである上、被告の就業規則が従業員の定年を六〇歳とし、定年に達した日の月末をもって、雇用関係が終了する旨定めていたのであるから(二八条)、原告は、定年までの雇用関係の継続予定期間が、約二年九か月しかなかったにもかかわらず、一四年九か月もあると偽ったことになり、また、原告の担当業務内容がマッサージの実施であり、相当程度の体力を要するものであること(現に、本件解雇当時、原告は、マッサージ業務により、疲労を蓄積させ、体調がすぐれない状態に陥っていた。)にかんがみると、原告の右経歴詐称の内容は、原、被告間の雇用契約の継続期間の見込みを誤らせ、被告の今後の労働者の雇用計画や原告の労働能力に対する評価を誤らせ、被告が、その従業員の労働力を適切に組織することを妨げるなど被告の経営について支障を生じさせるおそれが少なくなく、原告が真実の年齢を申告したとすれば、被告が原告を採用しない可能性が多分にあり、被告の企業秩序を著しく害するものであって、その企業秩序を回復するには、不正な行為により生じた雇用関係を解消する以外の方法によっては困難であることが認められる。

3  したがって、原告の右行為は、就業規則所定の懲戒事由である「重要な経歴をいつわり、その他不正な手段により入社したとき」に該当し、その情状からしても、懲戒解雇事由に当たるものというべきであり、右解雇権の行使が客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当として是認できないということもできないのであるから、解雇権の濫用に当たるものでもない。

4(一)  原告は、平成四年一二月に所得税の年末調整のため、給与所得者の保険料控除申告書及び扶養控除申告書に真実の年月日を記載して被告に提出しており、被告は、遅くとも同時期には、原告の本当の年齢を知り、これを了承して、不問に付した旨主張し、(証拠略)には、原告が、平成四年一二月に所得税の年末調整のため、給与所得者の保険料控除申告書及び扶養控除申告書に真実の年月日を記載して被告に提出し、被告代表者に対し、年齢をごまかしていたことを陳謝したところ、被告代表者が、これを了解した旨の記載があり、被告作成の平成四年分の給与所得の源泉徴収票(<証拠略>)には、原告の生年月日が、大正九年七月二六日である旨の記載がある。

(二)  しかし、原告は、その本人尋問において、原告が、被告の代表者又は他の従業員に対し、履歴書に記載した年齢が誤りであると述べたことはない旨供述すること、被告代表者は、その本人尋問において、被告は、源泉徴収などの税務処理の一切を社外の機関に依頼しており、従業員提出の申告書などの書類もそのまま交付していたので、原告提出の前記各申告書の内容を知らなかった旨主張するところ、前記の源泉徴収票に記載された原告の生年月日を前提とすれば、原告は、平成四年一二月当時、七二歳ということになり、就業規則所定の定年をはるかに超えることになったにもかかわらず、この点が問題にされた形跡がないことに照らすと、右供述もあながち不合理であるとは断定できないこと及び(証拠略)に照らすと、(証拠略)の記載は、採用することができず、その余の(証拠略)の記載も、これをもって、原告主張の右事実を認めるに足りず、ほかにこれを認定するに足りる証拠はない。

5  したがって、原告の平成六年四月一一日の解雇は、有効であり、原、被告間の本件契約は、同日限り終了したものというべきである。

五  結語

1  前判示の事実及び弁論の全趣旨によれば、原告の本件契約に基づく賃金額は、前判示の平均賃金額である月三一万六一三六円を下回らないことが認められるところ、原告は、本件契約に基づく賃金として、平成五年九月分としてその請求額である二四万四七三六円、同年一〇月から平成六年三月まで一八九万六八一六円(各月三一万六一三六円の六か月分)、同年四月一日から同月一一日まで一一万五九一六円(月三一万六一三六円の一一日分)の合計二二五万七四六八円及びこれに対する弁済期後である平成七年六月三日から支払済みまで原告請求の範囲内である年五分の割合による法定の遅延損害金を請求することができる。

2  以上によれば、原告の請求は、主文の限度で理由があるのでこれを認容し、その余を棄却すべきである。

(裁判官 大竹たかし)

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